近年、AIが急速に発展しています。20年後にはAIが完全に人間の知能を超えてしまうとも言われていますが、そんなAIの知能を料理にも活かせるとはご存知でしょうか。
そこで今回、茨城大学大学院の鈴木智也教授に、人類 vs AI料理対決の裏側とAIが料理界にどのような革命を起こすのかについて独自取材を通じてお話を伺いました。
AIが料理界に起こした革命とは何なのか、鈴木教授のお話からその一端を紐解いていきましょう。
茨城大学大学院 理工学研究科 機械システム工学領域
鈴木智也(スズキ トモヤ) 教授
東京理科大学大学院理学研究科物理学専攻にて博士(理学)を取得。
2005年東京電機大学工学部電子工学科助手、
2006年同志社大学理工学部情報システムデザイン学科専任講師、
2009年茨城大学工学部知能システム工学科准教授、2016年同大学にて教授、
2018年より現職。
〈研究分野〉
データサイエンス・機械学習・ビジネス情報学
〈著書・論文〉
Machine learning of economic sensitive industries without data-mining bias for domestic equity management (共著:2024年)
Long-Term Modeling of Financial Machine Learning for Active Portfolio Management (共著:2023年)
国内輸入に伴う貿易取引通貨比率とゴトオビアノマリーの関係 (共著:2021年)
AIが生んだ革新レシピ!限られた時間で見せた創造力とは
カードローンの窓口合同会社 編集部:森永乳業が開催した一流シェフとAIの対決では、「クラフトバジルフレッシュモッツアレラ」がテーマとなりました。見事AI側が勝利を果たしましたが、この対決はどういった事がきっかけだったのでしょうか?
鈴木教授:この企画の背景には、開催者である森永さんから「クラフトバジルフレッシュモッツアレラ」を使用した意外性のあるレシピを作ってほしいという要望がありました。意外性のあるレシピとは、たとえば「雪見だいふくのレンチン」のようなものです。
カードローンの窓口合同会社 編集部:なるほど。第1の対決では、AIがイタリアンやオリジナルメニューで印象的な巻き返しを見せました。AIが勝利した要因として、どのような点が挙げられるとお考えでしょうか?
鈴木教授:まず、この対決で勝利するためには、Web上の膨大なテキストデータを学習している「ChatGPT」を使わない手はありませんでした。ChatGPTは学習できるデータが多いほど、データを生み出した我々人間の「常識」を理解できるようになります。
しかし、ChatGPTはお題に対して妥当性の高い「常識」を出力することはできますが、意外性のある面白い答えは難しいです。特にプロンプト(お題)をあれこれ欲張って指示すると、平凡な答えになりがちです。そしてお題を間違えて解釈する場合も多いです。
例えば、「チーズを使って独創的なパスタを作ってください」とお願いすると、「コーヒーを混ぜましょう」という答えがでてきてしまうこともありました。
カードローンの窓口合同会社 編集部:確かに、チーズは乳製品ですからその点から言えばコーヒーという選択は妥当かもしれませんね。ですが、コーヒーとパスタを掛け合わせるのは想像がつかないです。
鈴木教授:実際に試作しましたが、美味しくないし、香りも酷く、即ボツになりました。この失敗を契機に、ChatGPT を普通に使っただけでは人間の五感の全てを満足させるのは非常に難しいと認識しました。
そこで、第1弾の対決では、最低限のプロンプトだけを先に与えて、追加的な情報を後から与える戦略に変更しました。最初のプロンプトでは、「あなたはイタリアンのシェフです」といった役割や、「モッツアレラチーズは絶対使ってください」といった必要条件を指定する程度です。
まず答えを一回出させ、それから独創性を高める指示を与えることで、人間とChatGPTが対話しながら答えを徐々に改良していくアプローチに変えました。
カードローンの窓口合同会社 編集部:なるほど、追加情報を与え、徐々に答えを良くしていったのですね。
鈴木教授:はい。しかしChatGPTの都合上、対話を繰り返す度に画面が流れてしまうので、過去のやりとりを振り返るのが困難です。さらに途中のやりとりを変更すると、以後のやりとりが全て消えてしまいます。
こういった不都合を解消するシステムを研究室で構築し、これにより、追加情報を与えながら試行錯誤できるようになりました。
カードローンの窓口合同会社 編集部:確かに、過去のやりとりを振り返ることができないと、どんな情報を与えていったのか不明確になってしまいますね。
鈴木教授:今回のレシピ作成問題の本質は「AIの思考プロセスに人間が関与できる仕組みを作った」という点です。また、このシステムを作ったことにより1週間という短期間でレシピを作成することができました。
つまり、今回の対決で勝利した要因は、ChatGPTに人間が効率的に関与できる機能を加えたからです。
カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。今回の対決ではChatGPTが勝利の鍵となりましたが、AIならではの強みが発揮された部分とは何だったのでしょうか?
鈴木教授:AIの強みとは「検索できる」という点です。
例えば、囲碁や将棋のように、料理にも人間が思いつかないような具材の組み合わせがあって、人間はその一部しか認識できていないわけですよね。しかし検索といっても可能性は無限大なので、コンピュータでも虱潰しに探すのは不可能です。
そこで、AIの上手な活用法とは、宝探しの穴掘りのように「ここ掘れ、あれ掘れ」と大雑把な方向性だけ人間が指示して、その詳細についてはAIに掘らせる。AIは忠実に指示に従ってくれますから、そこがAIの強みです。
しかし、データだけに基づくAIは「チーズとコーヒー」のように誤回答する場合があるため、演繹的にも思考できる人間が監督役を担う必要があります。
カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。まさに人間が上司で、AIが部下といった役割ですね。
続いて、第1弾の対決では、わずか1週間という限られた時間内で3品完成させたとお聞きしています。オファーを受けてからどのようなプロセスでAIはレシピを考案したのでしょうか?
鈴木教授:料理と聞いて最初は少し驚きましたが、ちょうどアロマの研究を構想していたので、上記システムの構想はすぐに浮かび、オファーをお受けしました。有望なレシピは割とすぐに作れました。2、3日もあれば十分だった気がします。
カードローンの窓口合同会社 編集部:なるほど。わずか2、3日でレシピを作ることができるのですね。
続いて、レシピを作る過程で特に苦労された点があれば、お聞かせいただけますでしょうか?
鈴木教授:レシピを作ることができても、味は実際に食べてみないと分からないので試作・試食の方がむしろ大変でした。私は料理をしませんし、学生達もプロではないので、相当な手間と時間がかかりました。
ただ最終的には、私達のシステムをプロの料理人にも使ってもらいたいと思っています。プロの技術が合わされば、考案されたレシピを高品質に再現できるはずです。
カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。AIが考えたレシピをプロに作ってもらえば、もっと美味しい料理を作ることができそうですね。
約100種類の具材から導く「最適な組み合わせ」
カードローンの窓口合同会社 編集部:続いて行われた、第2弾の「月島もんじゃ vs AI技術」の対決では、惜しくもAIが勝利を納めることはできませんでした。この対決において活用した、AIの短所と長所についてお伺いできますでしょうか。
鈴木教授:短所としては、もんじゃ焼きは日本特有のものであり、Web上のテキストデータが少ないためか、AIによる認識がうまくいかなかったことです。
AIはもんじゃ焼きを、お好み焼きやクレープだと判断する傾向がありました。そのため、「独創的なもんじゃ焼きを作って」とお願いすると、リンゴ等のフルーツを提案されました。一応試作しましたが、やはり美味しくありませんでした。
カードローンの窓口合同会社 編集部:確かに、もんじゃ焼きとりんごでは相性が良いとは言えませんね。
鈴木教授:一方、もんじゃ焼きにおいてアイデアが介在できる余地は「具材の組み合わせのみ」なので、情報工学の「組合せ最適化問題」として定義しやすいという長所がありました。
カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。そういった長所を活かして、今回の対決ではAIにどのような指示を与えたのか、どのようなプロセスで進めていったのか、具体的なアプローチを教えていただけますでしょうか?
鈴木教授:大まかにご説明します。まず具材を絞ります。定番の具材はChatGPTで検索して、その他の意外な具材は名店で使われている事例を人力で調べて追加しました。
次に調和性が高い具材の組合せを最適化するのですが、組合せのパターン数は2の100乗に及びます。31桁に及ぶ膨大な数です。人間が作って食べるわけにはいかないので、AIに仮想的に食べてもらい、良し悪しを判断しました。
カードローンの窓口合同会社 編集部:なるほど。AIは仮想的に食べるという機能もあるのですね。
鈴木教授:そうですね。ただし、前述の方法では「優等生的なつまらない答え」になりがちになってしまうため、第1弾でも使用した人間が追加的に要求を与えられるシステムを使う必要がありました。
具体的には、「もうちょっと味を濃くしてね」「甘くしてね」というような指示を、後から加えられるシステムを使い変化させていきました。このように2段階のやり方で作って、実際に人間が食べ、最終評価をするという過程でオリジナルのもんじゃ焼きを作りました。
カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。続いて、AIが提案したレシピの中で、特に意外性があり面白いと感じた部分はどこにあったでしょうか?
鈴木教授:もんじゃ焼きに「タバスコ」を掛ける発想は、もんじゃ史上初だと思います。他具材との相性が抜群で、まさに「組合せ最適化問題を解いた」という実感がありました。
また、「牛すじ」はもんじゃでは不人気で使いにくいと聞きましたが、たまごやベーコン、タバスコと相性が良く、まさに最適なバランスでした。
カードローンの窓口合同会社 編集部:確かに、もんじゃ焼きとタバスコを掛け合わせるのは新鮮ですね。
鈴木教授:このレシピのもんじゃ焼きと、最初に勝利したパスタを茨城大学の学園祭で売ったところ、3日で900食も売ることができました。
もんじゃ焼きは第2弾の料理対決で負けてしまいましたが、タバスコを使って欲しいなど独創的な食べ方を説明できる機会があれば、また違った結果になったのではないかと思います。
カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。お話を聞いてみて私もAIが考案したもんじゃを食べてみたいと思いました。
AIとシェフの共創は可能か?レシピ開発の未来
カードローンの窓口合同会社 編集部:AIによるレシピ開発が進化する中で、人類とAIのアプローチにはどのような違いがあるとお考えでしょうか?
鈴木教授:AIは過去の実績(テキストデータ)に基づいて、可能性が高い組み合わせを検索するのが得意です。機械ですから、「大量・高速・客観」性に優れています。つまり、「見逃し」が起こりにくいのです。
一方、人間は過去に無い新しい発想が得意です。AIは与えられたフレーム内でしか思考できないという「フレーム問題」がありますが、人間は「なぞなぞ」のような柔軟な発想ができます。そのため、「雪見だいふくのレンチン」のような発想は、おそらくAIにはできません。
カードローンの窓口合同会社 編集部:なるほど、AIと人間には対照的な長所と短所が各々存在するということですね。では、人類の経験や直感と、AIのアプローチはどのように補完し合うことができるのでしょうか?
鈴木教授:方向性(フレーム)だけ人間が与えて、その中をAIに探索させるという発想になります。スポーツでいうのなら監督と選手のような感じです。
今回のレシピ対決の本質はまさに「AIの判断結果を可視化して、それに応じて人間があれこれ指示出しできるシステムを作った」という、人間とAIの補完の可能性に迫ったものです。
カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。では、将来的には、AIと人類が共同する時代が訪れると予想されますが、その可能性について鈴木様はどのようにお考えでしょうか?
鈴木教授:もちろん、人間とAIが共同して料理をする可能性は十分あります。可能性というより確信です。
今回のパスタやもんじゃは、プロが作ると本当に美味しいです。実際に月島もんじゃ振興課の理事長にも作ってもらいました。充分に店舗で売れるレベルだと感じました。
カードローンの窓口合同会社 編集部:人間とAIが共同して料理をする未来はすぐそこにあるということですね。では最後に、AI技術が今後どの分野で特に大きな進展を見せると予測されていますか?
鈴木教授:AIにとって、料理という「味覚」も新しいですが、これからはもっと人間の五感にも迫っていくと思います。
「視覚」は既に画像生成AIが大得意です。「聴覚」も音楽生成AIが注目度を高めており、「味覚」は今回の料理生成AIを活用できます。一方で、「触覚」は面白そうですが、参考になるテキストデータがないため、難しそうです。
そこで、我々は「嗅覚」に関する研究も進めています。
香りは、アロマテラピー検定があるように、テキスト情報として知識化されています。また、商品のブランディングや販促活動(香りマーケティング)に活かせるので、ビジネス的のニーズも非常に高いです。
アロマも、もんじゃも組合せ最適化問題の観点では同じ、我々のシステムを活用できるはずです。そこで現在、研究室では実用化に向けて、システムの有効性を検証している最中です。
客観的な世界でしか生きられないAIに、我々人間の主観的な感覚情報を与えることで、より面白い答えにたどり着けるよう、これからも研究を続けていこうと思います。
取材・記事執筆:カードローンの窓口合同会社 編集部
取材日:2024年12月7日