京都産業大学 諏澤吉彦 教授〈若者と保険離れ―Z世代に必要な「保険リテラシー」とは?〉

京都産業大学 経営学部 マネジメント学科 諏澤吉彦に独占インタビュー

近年、若者の間でもNISAやiDeCoといった資産形成の話題が身近になる一方で、「保険」は少し距離のある存在として捉えられがちです。

とくにZ世代は、将来のリスクに備える意識はあるものの、それを「保険」でどうカバーするかという視点が抜け落ちているケースも少なくありません。

そこで今回は、保険やリスクマネジメントの専門家であり、学生への金融教育にも取り組んでいる京都産業大学の諏澤吉彦教授にお話を伺いました。

Z世代が抱える不安や価値観の変化を踏まえながら、これからの保険との向き合い方や、金融リテラシーを育てる教育のあり方について考えていきます。

インタビュイーの紹介
京都産業大学 経営学部 マネジメント学科 諏澤吉彦

京都産業大学 経営学部 マネジメント学科
諏澤吉彦(スザワヨシヒコ) 教授

一橋大学大学院商学研究科において博士(商学)、米国 St. John’s University において経営学修士(優等学位)および理学修士を取得。

損害保険料率算出機構に勤務した後、京都産業大学経営学部専任講師、准教授を経て現在は教授。

Asia-Pacific Risk and Insurance Association 理事などを歴任し、現在は日本保険学会理事、生活経済学会理事。

〈研究分野〉
保険論/リスクマネジメント/ファイナンス

目次

なぜZ世代は「保険から離れている」のか?

カードローンの窓口合同会社 編集部:はじめに、Z世代の方々が保険にあまり関心を持たない傾向について、社会的・文化的な背景や価値観の変化も含めてご見解をお聞かせいただけますでしょうか。

諏澤教授:はい。これは近年の若い世代に限ったことではありません。

多くの個人にとって言えることですが、目前のリスクについては認識しやすい反面、実感を持って感じにくい、目に見えにくいリスクについては、その影響を過小評価してしまう傾向があります。

そのため、保険の種類によっては明確に必要性を認識している若者が多いようです。

例えば、自動車やバイクを運転する機会がある場合には、学生であっても自賠責保険だけでは補償が不十分だということをよく理解しており、任意の自動車保険に加入する必要性を認識しています。

さらに、その任意自動車保険の補償内容も、対人・対物賠償責任や、搭乗者傷害、人身傷害、車両保険といったように、比較的詳しい知識を持っていることが多いようです。

同様に、部屋を借りている学生や若い社会人であれば、火災保険にきちんと加入したうえで、地震保険を付帯することも積極的に検討する姿勢が見られます。加えて、旅行や留学の機会があれば、海外旅行傷害保険への加入をきちんと考えているようです。

自動車事故や地震、旅行中の事故をはじめとする様々な事故や災害は、発生の有無やタイミング、損害・費用の金額は不確実ではあるものの、いつ自分が直面するかわからないリスクです。

このため、自動車保険、火災保険、地震保険、旅行傷害保険といった各種の損害保険や傷害疾病保険で、必要に応じて利用しようという姿勢は見られます。

ところが逆に言うと、多くの個人にとって、見えにくいリスク、とくに遠い将来に直面するかもしれないリスクについて、過小評価の対象となってしまいます。

例えば、疾病や介護、死亡、あるいは老齢(生存のリスク)がこのようなリスクとして挙げられるでしょう。

将来健康が損なわれたときの医療費の負担や、老齢期の生活費の負担については、若者であっても漠然とした不安を抱いているのは確かだと思います。

しかし、若年のうちから生命保険や、傷害疾病保険(第三分野の保険)によって積極的に備えようという意識は、あまり強くないかもしれません。

その背景には、先ほどお話ししたような将来のリスクを過小評価するという個人の「限定合理性」があると言えます。若者に限らずどの年代層であっても、十分な先見性を持って将来に向かって意思決定をし、行動するとは必ずしも言えません。

むしろ、日々の生活費や住宅購入費といった目前の必要資金を優先し、将来の費用を過剰に割り引いて見積もってしまうことになります。

このことを考えると、疾病や傷害は個人によって異なりますが、少なくとも介護や老齢のリスクは、多くの若者にとって不安を抱きながらも遠い将来のことと受け止められるものであり、その結果、これらに今から計画的に備えようとする意識は薄くなりがちになるでしょう。

カードローンの窓口合同会社 編集部:お話を伺っていると、Z世代の皆さんも決してリスクに無関心というわけではなく、むしろ「目の前のリスク」には敏感に反応している印象を受けますね。

諏澤教授:そうですね。多くの若者が、将来に向かって漠然とした不安は持っているとお話ししましたが、その不安に対して、彼ら彼女らが何も行っていないかというと、そうではないようです。

すべての若者が、老齢期の生活費を含む将来の必要資金の準備を、まったく行っていないわけではありませんし、実際には行動は起こさずとも近い将来準備を始めなければならないと考える者も少なくありません。

ただ、そういった必要資金に保険によって備えようとは、必ずしも考えておらず、むしろ預貯金や有価証券の保有など、自己資金で将来に向けて資産を形成していこうと考えている若者が多いように見えます。

実際に大学生であっても、株式や債券の保有を始めている、あるいは始めようという者も少なくありません。ただ、若い世代の生命保険や傷害疾病保険への加入が多くない傾向は、従来から見られました。

また、これらの保険に加入している場合でも、20代や30代の加入者は、医療保障や死亡保障より、貯蓄要素を重視した保険契約を選択することはこれまでも少なくなかったと言えます。

しかし現在は、保険だけでなく、積立NISAやiDeCoといった様々な資産形成の手段が身近なものとなり、情報も入手しやすくなっています。そのため、こうした資産投資を通じて将来に備えようという意識が強くなっているように見えます。

カードローンの窓口合同会社 編集部:確かに、積立NISAやiDeCoのような制度が広く浸透したことで、資産形成を「将来の備え」と捉える方が増えているように感じます。

その背景には、雇用のあり方や家族観の変化といった、社会全体の価値観の変化も影響しているのでしょうか?

諏澤教授:はい。ご承知のとおり、現在日本は人材不足であり、労働市場は売り手市場が続いています。これによって、雇用に対する若者世代の意識も変化しています。

例えば、中途採用やキャリア採用を行う企業や団体はもはや少なくありません。また、自らのキャリアアップや待遇改善を目指して、積極的に転職を繰り返すことも、ご承知のとおり現在は珍しくありません。

そうしたなかで、例えば不本意な失業のリスクというものはあまり実感しておらず、むしろ自ら選択して退職し、新たな機会を求める若者も少なくないのではないでしょうか。

この点から、より上の年齢層、例えば就職氷河期世代や終身雇用が当たり前だった世代とは、雇用に対する意識が変化していると思います。

実際に、就職後数年で、あるいは短期間で転職するかもしれないという前提で就職活動をし、その時に備えていくらかの貯蓄を行っている学生もいるようです。

もちろん、こういった意図的な退職による収入減・途絶のリスクは、所得補償保険などの保険では、補償の対象とはなりませんので、貯蓄で備えることは自然のことです。

もう一つ、家族観についてですが、今の若者世代は高度経済成長期に核家族化が進んで以降、二世代、あるいは三世代が経過しています。そうしたなかで、家族との関係もやはり変化しているようです。

例えば、経済的にも可能な限り親世代を頼らず、早くに独立しようという努力を、より上の年齢層より行う傾向が強いように感じます。それと同時に、将来、親世代を経済的にもサポートしていこうという意識は、それほど強くないかもしれません。

親との精神的な関係は続けたいけれど、経済的にサポートするかどうかはわからない、「親は親で独立してやっていってほしい、自分は自分で何とかする」という考えている若者が多いように見えます。

カードローンの窓口合同会社 編集部:「親に頼らず自立したい」「親を支える責任までは感じていない」といった価値観は、確かにZ世代の方々の間で広がっているように思います。

諏澤教授:もちろん、若者の親世代は現役で働いていることも多く、要介護状態となるなどのリスクも遠い将来のこととして実感しにくく、過小評価しているという側面もあるかもしれません。

しかし、先ほどお話ししたような家族観や家族関係の変化も影響していると考えられます。

そして自分自身の医療、介護、老齢のリスクに対しては、保険で備えるというよりは、預貯金や、積立NISA、iDeCoといった方法で備えようという意識が高まっているように見えます。

リスクと共に生きる ― 若者にとっての“保険リテラシー”とは?

カードローンの窓口合同会社 編集部:続いて、Z世代が捉えるリスクのあり方や、そこから必要となる保険リテラシーについて伺います。Z世代にとって、リスクとはどのような意味や重みを持つとお考えでしょうか。

諏澤教授:まず、リスクに対する意識を考える前提として、リスクそのものについて少し整理してみたいと思います。保険が対象とするリスクとは、事故や災害、疾病、傷害、そして生存(長生き)、死亡といったものです。

これらは、特定の事故・事象が発生すると、費用負担が生じたり損害を被ったりするリスクであり、「純粋リスク」と呼ばれます。保険は、こうした純粋リスクに対処するための「リスク移転」の方法の一つです。

個人の生活においては、どんなに注意を払っていても一定程度の確率で遭遇してしまうリスクがあります。そのなかでも、疾病や傷害、生存のリスクに関しては、当然ながら各種の公的医療保険や公的年金制度といった生活保障制度が整えられています。

ただ、少子高齢化が進むなかで、若者がこうした公的生活保障制度の持続性を完全に信頼しているかというとそうではなく、「今後保障が縮小されているのではないか」という不安を感じていることも確かだと思います。

純粋リスク以外にも、私たちは日々様々なリスクにさらされています。

例えば、日々の生活で実感している物価上昇が挙げられます。これは、商品・サービスの価格が変動する「商品価格リスク」に含まれるリスクです。

また、金利水準の変動も「金利リスク」であり、将来住宅ローンを組もうと考えている人にとっては重大なリスクです。

さらに、物価上昇の要因の一つにもなっている円安も、多くの人が実感していることでしょう。為替レートが予想を超えて変動するリスクは、「為替リスク」と呼ばれます。

こうした商品価格リスク、金利リスク、為替リスクは、併せて「価格リスク」(投機的リスク)と呼ばれます。

先ほどの純粋リスクが事故・事象が損害につながるものであったのに対して、価格リスクは準備を超えた損害や利益をもたらすという、異なる性質を持ったものです。

  • 純粋リスク・・・特定の事故・事象が損害につながるリスク
  • 価格リスク・・・準備を超えた損害や利益をもたらすリスク

こうした価格リスクに対しては、例えば、中・長期的には物価水準と相関が高い動きを見せる株式などを分散保有するという対処方法があります。

このように資産を保有することでリスクに備える方法は、保険会社などにリスクを移転する「リスク移転」とは異なり、自らの資金でリスクに対処する「リスク保有」であると言えます。

現在は、先ほどお話ししたように積立NISAやiDeCo、あるいは投資信託といった多様な選択肢が身近になったことで、若者たちは物価上昇を含む価格リスクだけでなく、疾病や事故といった純粋リスクにも、資産形成を通じて備えようという傾向が強くなっているように見えます。

カードローンの窓口合同会社 編集部:非常に興味深いお話をありがとうございます。こうした背景を踏まえたうえで、若い世代にとって必要とされる「保険リテラシー」とは、具体的にどのような力を意味するのでしょうか?

諏澤教授:保険リテラシーを含む金融教育の標準的な指針として、金融経済教育推進会議により「金融リテラシーマップ」が、2019年に示されました。

J-FLEC 金融経済教育推進機構. 金融リテラシー・マップ(2023年6月改訂版)[オンライン](https://www.mext.go.jp/xxxx.pdf, 参照 2025-06-30)

これには、保険だけでなくローンや資産形成のための金融商品も含め、様々な選択肢を適切に選択・利用するための知識の必要性が謳われています。

ただ、そうした金融商品を適切に利用するための前提として、まずは自らの家計管理や生活設計を適切に行うことが重要であると指摘しています。

つまり、単に知識を身につけるだけでなく、とくに生活設計とセットで保険に関する意思決定を行うべきだということが、このマップから読み取れます。

まずは現在と将来に向けた生活設計をしっかりと行ったうえで、傷害や疾病、老齢、事故や災害、あるいは他者に損害賠償責任を負うといったリスクに備える必要があるわけです。

そのために、保険を適切に選択・利用したり、保険以外の多様なリスクマネジメントの手法や活動と組み合わせて備えたりすることが求められます。

金融リテラシーマップには、そのための具体的な教育内容までは詳しく書かれていませんが、適切な生活設計と保険の利用を目指すのであれば、若者に限らずすべての個人が、まず自らがさらされているリスクの種類と特徴を理解することから始める必要があります。

そのうえで、それぞれのリスクに適したリスクマネジメントの方法や活動について、その利点や留意点を含めて知識を深めることが求められます。

まず、リスクの理解が重要だというお話をしてきましたが、若者にとって過小評価されやすい傷害、疾病、死亡、老齢といった「純粋リスク」は、先ほどお話ししたように事故や事象の発生が直接的な費用負担や損害につながるものです。

一方で、現在実感しやすい商品価格、金利、為替レートの変動といった「価格リスク」は、損害を被ることもあれば利益をもたらすこともあります。

これらの性質の異なるリスクに、資産形成を通じた「リスク保有」で対処することは、必ずしも間違いではありませんが、それによりすべてのリスクに十分備えることができるかというと、決してそうではありません。

リスク保有で備えるためには、十分な資金を、いつでも利用できる流動的なかたちで準備しておく必要があります。しかし、貯蓄にしても有価証券の保有にしても、一定の水準の資産を形成するには、ある程度の長い時間がかかります。

また、十分だと思っていた資金であっても、物価や医療費の高騰、あるいは平均寿命の延伸といった傾向が今後も続けば、将来不足する事態も考えられます。

こうしたことを考え合わせると、預貯金や有価証券の保有という「リスク保有」だけであらゆるリスクに備えるのは難しく、それが可能なのは、例えば家庭電気製品といった比較的少額の財物の損壊・滅失といったものなど、予想される費用負担が自己資金で賄えるほど軽く、かつその金額の上限が予測できる場合に限定されるべきでしょう。

この観点からすると、医療費や介護費は、疾病や傷害が重ければ、高額療養費制度などを含む公的医療保険があっても、非常に高額になるおそれがあります。また、医療技術の進歩により、今後の医療費の上昇傾向は続くでしょう。

また、自動車事故を自らの責任で引き起こし、被害者に損害賠償責任を負うことになった場合も、賠償金やその他の争訟費用は非常に高額になり得ます。

以上のように、疾病・傷害、老齢、事故などによる費用負担が自己資金を超えるおそれがあるリスクに対しては、預貯金や有価証券保有などの「リスク保有」のみで備えるのではなく、保険という「リスク移転」を組み合わせて備えた方が合理的と言えます。

このように、リスクの種類と性質、そしてリスクマネジメントの多様な選択肢の利点や留意点を含めて理解を深めることが重要です。

次に、公的保障と私的保障の機能分担についても理解することが望まれます。

この問題に関して、今後は公的保障が縮小し、私的保障が拡大していくという、一方向的な変化が予測されがちですが、両者の利点・欠点などの特徴を見れば、現在のような公・私保障の二層構造に合理性があることが分かります。

ご承知のとおり、個人の生活に関わる基本的なリスクに対しては、公的な医療保険や介護保険、年金制度など各種の生活保障制度が設けられています。しかし、これらの制度の保障が十分に手厚いかというと、そうではありません。

例えば、公的医療保険では、医療費の3割は自己負担ですし、自由診療や多くの先進医療、差額ベッド代などは保障の対象外です。

また、高額療養費制度は設けられているものの、先ほどお話ししたように医療費が高額になれば自己負担額も所得に応じて重くなります。さらに、治療によって働けなくなった場合の収入の減少・途絶は、公的医療保険では保障されません。

このように公的医療保険が限定的である背景には、もちろん少子高齢化や医療費の上昇などによる財源確保の難しさがあります。

それと同時に、保険料を加入者が払い込める程度の水準に抑えることで、皆保険を確実なものとするという目的や、一定の自己負担があることで、健康維持への努力を促すという目的もあるでしょう。

したがって、公的医療保険は基礎的な保障しか得られないことを前提に、その不足分を補うために、民間の私的な医療保険への加入などを検討する必要が出てきます。

私的保険は、あらかじめ提示された保険料で不確実な医療費負担に対処できる点で有効な手段と言えますが、加入に際しては、後ほどお話しするように、自らの年齢や性別、職業、家族構成、ライフステージなどを考慮し、必要な保障内容を自ら見極めて契約を結んでいくことが求められます。

もちろん、過剰に手厚い私的保障は必要なく、公的保障や職場の福利厚生制度なども勘案しながら、必要な保障だけを手当てしていくべきです。

幸い、保険会社からは特定疾病保険や所得補償保険など、様々な選択肢が提示されていますので、それらから適切に選んでいけばよいと言えます。

以上のような医療保障と並んで、老齢保障、つまり年金についても考える必要があります。若者は自らの老後に漠然とした不安を感じつつも、どう対処すべきかわからずにいることが多いようです。

老齢保障には、国民年金や厚生年金などの各種の公的年金と、個人年金保険などの私的年金があります。これらの持続性は、物価や賃金、人口構成、生活様式の変化など、様々な経済的・社会的な要因から影響を受けます。

物価上昇という経済的変動に対しては、いわゆる「賦課方式」を採用する公的年金制度は、比較的強靭であると言えます。賦課方式とは、現在の勤労世代が払う保険料を、現在の老齢世代の年金給付に充てるという仕組みです。

保険料の水準が現在の物価・賃金水準と連動しているため、年金給付額も現在の生活水準にある程度見合ったものになる可能性が高いと言えます。

一方で、個人年金保険は「事前積立方式」で運営されます。これは、加入者が将来受け取る年金のために、自ら保険料を払込んでいく方式です。

この方式では、保険料を払い込む期間に大幅な物価上昇を経験すれば、将来受け取る年金の実質ベースの価値が目減りしてしまう可能性があります。

次に、少子高齢化という社会的な変動に対しては、今度は逆に「事前積立方式」の個人年金保険の方が影響を受けにくいと言えます。

自分で積み立てた年金資金から給付を受けるため、年齢別人口構成の変化からは基本的に影響を受けません。

一方で、「賦課方式」の公的年金は、年金受給者である高齢者の人口規模が、保険料を支払う現役世代の人口規模に比べて大きくなると、制度の持続性が損なわれるおそれがあります。

もちろん、その不足分を補うために消費税などの租税収入を充てたり、国債を発行したりといった対策を取ることができますが、大幅な税率引上げは消費の低迷を、過度な国債発行は民間投資の圧迫といった問題を、それぞれ引き起こしかねません。

以上のように見ていくと、物価上昇や少子高齢化といった変化に対して、公的年金、私的年金それぞれに、利点と欠点があることが分かり、そのため、これらの二者択一は決して適切とは言えません。

私たちは、両者が相互に補完するように、公的年金に加入したうえで、私的年金も上手に利用していくことが必要だと言えます。

カードローンの窓口合同会社 編集部:公的保障だけに頼るのではなく、自身のライフステージに応じてリスクを見極め、その都度適切に備えていく姿勢が大切になるのですね。

これからの教育と制度にできること

カードローンの窓口合同会社 編集部:若者が「保険」を自分ごととして捉えるためには、どのような教育や情報の提供が必要だとお考えでしょうか?

諏澤教授:若者が保険を適切に選択・利用するためには、保険を含むリスクマネジメントに関する情報を収集・理解し、自らのリスクを正確に認識したうえで、適切な対処方法を選択し実行する能力を身につけることが望まれます。

そのためには、まず「リスクの種類と特徴」、すなわち先ほどお話しした「純粋リスク」(人身損害、財物損害、損害賠償責任負担など)と、「価格リスク」(金利、為替、商品価格の変動)に加え、契約相手側が財務困難に陥る「信用リスク」などのリスクがどのようなものかについても、理解する必要があります。

そのうえで、これらのリスクに対処するための「リスクマネジメント」の方法を理解することも重要です。

リスクマネジメントの様々な方法は、保険のように金銭的に対処する「リスクファイナンス」(ロスファイナンス)、物理的に対処する「リスクコントロール」(ロスコントロール)、そして自らの活動をとおしてリスクを縮小する「内部リスク縮小」に主に分類されます。

「リスクファイナンス」は、他者にリスクを移転する「リスク移転」、自らの資金で備える「リスク保有」に、さらに細分され、前者には保険会社などに純粋リスクを移転する保険が、後者には預貯金や有価証券保有(企業にとっては準備金や自家保険、融資枠契約など)が含まれます。

リスクマネジメントの二つ目の大分類である「リスクコントロール」は、事故の発生頻度や損害の強度を低下させる方法で、防災準備や安全運転努力、健康診断の定期的受診、食事や運動などの生活習慣の改善などがこれにあたります。

また、三つ目の「内部リスク縮小」には、資産を分散保有などが含まれます。

重要な点は、これらの選択肢のなかから一つを選ぶのではなく、複数を組み合わせて実行すべきことです。

例えば、疾病のリスクに対しては、医療保険(リスクファイナンスのリスク移転)に加入し、併せて一定期間の収入減・途絶に備えた預貯金(リスクファイナンスのリスク保有)を行いつつ、健康的な生活習慣を心がけること(リスクコントロール)です。

しかし、こういったことを常に実行することは容易ではありません。ですから、まずは自分が今どの「ライフステージ」にいるのかをよく分析し、とくに重大なリスクを特定することから始めるとよいでしょう。

そして、そのリスクの性質(純粋リスクか、価格リスクかなど)を見極め、適切なリスクマネジメントを設計していくのです。

例えば、保険に関しては、就職から結婚までは貯蓄要素のある生命保険などに加入し、結婚から子供の独立までは死亡保障を手厚くし、さらに子供が独立した後は医療保障や年金保障を拡大するなど、ライフイベントに応じて保障内容を再設計し(見直し)ていくことが理想的です。

カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。若い世代が自分自身のライフステージを意識しながら判断できるように支援していくことが、今後の重要な課題ですね。

そのうえで、保険業界や制度の側は、Z世代とどう向き合っていくべきだとお考えでしょうか?

諏澤教授:まず保険業界の取り組みについては、生命保険協会や損害保険協会、生命保険文化センターなどの保険業界団体が、従来から幅広い世代への保険知識の普及・向上を目指す諸活動を行ってきました。

例えば、中学・高校の教員を対象としたセミナーを共同で開催したり、保険に関わる教材やコンテンツを制作したりしています。2023年には、これらの団体が「保険教育に関する包括連携協定」を締結し、学校への講師派遣などにおいて一層連携を強化しています。

生命保険文化センターと損害保険協会は、それぞれ独自にも活動を行っています。

例えば、前者は高校や大学などで「生命保険実学講座」を実施し、後者は「そんぽ学習ナビ」などの教材を提供するなどの活動をとおして、保険リテラシー向上に努めています。

一方で、損害保険協会が最近行った調査では、高校教員の9割以上が保険教育の必要性を認識しているものの、実際に授業で実施しているのは3割に満たないという結果が出ています。

このことから、業界としては教材を準備するだけでなく、別の支援方法も考えていく必要があるかもしれません。

保険・リスクマネジメント教育においては、大学の役割も重要でしょう。

社会への準備期間として、個人のリスクマネジメント(パーソナルリスクマネジメント)だけでなく、「企業リスクマネジメント」についても学ぶ機会を提供することも望まれます。

とくに、経済学部や経営学部、商学部、法学部などの社会科学系の学部では、将来企業で働く、あるいは自ら起業する学生がいることを前提として、保険業界の協力を得ながら大学でコーポレートリスクマネジメントやエンタープライズリスクマネジメントを学ぶ機会を設けられればよいでしょう。

個別の保険会社や保険ブローカーなども、企業を対象とした情報提供やセミナー、リスクマネージャーの育成などに取り組んでいますが、今後は大学の学部生や大学院生を対象としたプログラムも取り入れることも期待します。

保険リテラシーの向上と並行して、保険業界が取り組むべきこととして、若者を含む多様な世代を対象とした「保険商品の開発と普及」にも力を入れる必要があると考えます。

実際に、インターネットで契約するダイレクトレスポンス型の生命保険は、保険料を低廉に抑えられる場合が多いため、若者にも魅力的に映っています。

ただし、これを適切に利用するためには、前提となる保険の知識が必要不可欠であり、それをサポートするサービスも同時に提供されるとよいでしょう。

さらに、ICTの発展やデータ利用可能性の向上に裏付けられた革新的な保険商品も登場しています。

例えば、衛星通信技術を利用して、自動車の走行距離などに関するデータを収集し、それに応じて保険料を調整する「運転挙動反映型自動車保険」(テレマティクス保険)などは、若者にも受け入れやすいでしょう。

また、この仕組みをとおして、多くの運転者が不必要な運転を控えるようになれば、自動車事故減少、ひいては温室効果ガス排出量削減にもつながると期待できます。

またこれとは別に、ウェアラブル端末で歩数や運動量などの健康関連データを収集し、予め設定した目標を達成すると保険料が割り引かれる「健康増進型医療保険」も注目されています。

生活習慣病を含む疾病のリスクは、多くの若者にとって実感しにくいものですが、「疾病・傷害に備える」という保険本来の機能に加えて、「積極的に健康を増進する」機能を備えている点で、健康増進型医療保険は、若者も含めた幅広い年齢層の関心を集めやすい保険商品であると言えます。

将来的には睡眠時間や血圧などもデータとして活用できるようになり、リスク評価の精度も高まっていくとすれば、健康増進型医療保険の普及は、医療費削減と公的医療保険の持続性にもつながると考えられます。

保険業界には、損害・費用軽減機能を持つ、運転挙動反映型自動車保険や健康増進型医療保険、そして同様の新たな保険の開発・普及の取り組みの継続を期待します。

取材・記事執筆:カードローンの窓口合同会社 編集部
取材日:2025年6月9日

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