経済が不安定な時期、資産の動きやリスク管理は多くの投資家にとって重要なテーマであり、悩むポイントではないでしょうか。
そこで今回、東京都立大学大学院の吉羽教授に、経済不安定時に資産を守るためのリスク管理のカギについて、独自取材を通じてお話を伺いました。
教授の専門的な視点から、ボラティリティや相関係数などの指標の活用法、初心者が陥りがちなポイントやリスク管理の心構えについて、分かりやすく解説しています。不安定な市場環境での投資戦略を考える上で、ぜひ参考にしてください。
東京都立大学大学院 経営学研究科
吉羽要直(ヨシバ トシナオ) 教授
東京大学大学院工学系研究科修了(修士(工学))、総合研究大学院大学博士(統計科学)。
日本銀行金融研究所ファイナンス研究グループ長、金融機構局企画役等を経て、現職。
〈研究分野〉
金融データサイエンス・金融リスク管理・計量ファイナンス
〈著書・論文〉
「Dynamic asymmetric tail dependence structure among multi-asset classes for portfolio management: Dynamic skew-t copula approach」(共著:2024年)
「On a Measure of Tail Asymmetry for the Bivariate Skew-Normal Copula」(共著:2023年)
「極値での従属性および非対称性と信用ポートフォリオリスク」(2021年)
「非対称t接合関数の性質と統計的推定方法 ―資産価格変動への応用―」(2020年)
経済不安定時に資産はどのように動くか?
カードローンの窓口合同会社 編集部:リーマンショックやコロナ危機など、経済危機や市場の混乱時に、株式・債券などの資産はどのように動いたのでしょうか?
吉羽教授:過去の金融危機の際、多くの株式は他の資産と同時に下落しました。一方で、一般的に、株式と債券は通常は逆相関の関係にあると言われています。
つまり、通常時は株式価格が下がると金利も下がり、それに伴って債券価格は上がるという動きが見られるのです。
そのため、普段であれば株式と債券の両方を持つことで、お互いを補い合い、全体のリスクを低減することができます。
しかし、欧州財務危機のような状況では、この一般的な逆相関の関係が崩れるという特殊な状況が観察されました。具体的には、株価が下落する一方で債券価格も下落し、金利が上昇するという事態が発生したのです。
これは通常とは異なる動きであり、こうした状況では株式と債券の両方を持っていてもリスクが相殺されず、むしろ損失が大きくなることがあります。
私の研究では、こうした危機的状況における資産間の動きを捉え、その背後にあるメカニズムを明らかにしようとしています。
これまでの研究では、リーマンショックや欧州財務危機などのデータを用いて、資産価格の同時下落が発生する確率(頻度)や、その影響を測定するような研究を進めてきました。
カードローンの窓口合同会社 編集部:ありがとうございます。具体的にはどのような点に注目して研究されているのでしょうか?
吉羽教授:通常、資産の動きは「相関係数」という指標で測定され、この相関係数は多くの場合、資産価格の変動を「多変量正規分布」で捉えたモデル化によって、保有資産ポートフォリオの同時下落確率やリスク量が計算されます。
この分布には「資産価格が大きく下落している時にそれらの相関が強くならない」という性質があるのですが、現実の市場では逆に資産価格が大きく下落するようなストレス状況では多くの資産が同時に下落する可能性が高まると考えられるため、「多変量正規分布」で資産価格変動を捉えるだけでは不十分だと考えて研究をしています。
また、特に注目している点としては、「下側裾依存性」という概念が挙げられます。これは1%の確率である資産が下落した場合、もう一方の資産が同様に1%の確率で下落するような状況の依存性の強さを測るものです。
この「下側裾依存性」を利用すると、リーマンショックなどの危機的状況において、多くの資産価格が同時に大幅に下落する可能性を定量的に測定することができます。
一方で、多変量正規分布に基づいた従来の手法では、このような急激な同時下落をうまく捉えることができません。
特に、危機的状況で相関が高まる場合においても、従来の手法で相関係数を通じて「下側裾依存性」を計測するとその値が低いままになるという結果になりました。
リスク予測と評価-統計学とモデルの活用方法
カードローンの窓口合同会社 編集部:過去の経済危機のデータは、現在の市場環境においてどれくらい役立つのでしょうか?また、役立てるとしたらどのような部分が参考にできますか?
吉羽教授:予測という点では、過去の危機状況を使うことが有効かどうかは一概には言えません。また、危機がいつ発生するかについても、正直なところ予測が難しいと思います。
しかし、過去の経済危機のデータを分析することは、将来起こりうる危機に対するリスク評価の参考になります。
例えば、国際的に活動する銀行がリスクに対応するために、どれだけの資本を準備しておくべきかという取り決めがあり、バーゼル規制と呼ばれています。その中にはトレーディングにおいてマーケットリスクに対応して求められる所要資本の取り決めもあります。
これは「VaR(Value at Risk)」や「期待ショートフォール(Expected Shortfall)」といった概念を用いることでリスク量を算出し、それに基づいて所要資本が決定されるのですが、ポイントとなるのが「どのデータを使うのか」ということです。
通常は過去1年や2年のデータを使用して計算をするのですが、もし現在の市場環境が比較的安定していて変動性が低い場合、過去1年程度のデータではリスクを十分に捉えることができません。
つまり、金融危機が突然起こり、市場が一気に下落する場合、過去数年間のデータだけに基づいて計算したリスク量では資本が不足する可能性があるのです。
そのため、バーゼル規制での所要自己資本算出においては、金融危機のデータを含めてリスクを測定することが求められています。規制から離れて精緻なリスク把握という観点では、こうした規制上の考え方を参考にさらに現在のデータも加味して分析を行うことで、損失の可能性をより適切に評価できると考えられます。
カードローンの窓口合同会社 編集部:なるほど。経済危機がいつ起こるかの予測は難しいものの、過去の経済危機のデータを参考にすることで、将来起こりうる金融危機に対して適切にリスク管理ができるのですね。
不安定な市場での投資家のリスク管理戦略
カードローンの窓口合同会社 編集部:リスク評価において、最も重要な指標やモデルは何でしょうか?その計算方法や投資判断への活用方法について教えてください。
吉羽教授:リスク評価において重要なのはボラティリティです。ボラティリティとは、各資産の変動性、つまり「どれくらい価格が動く可能性があるのか」を表しています。
ボラティリティの計算方法はいくつかあるのですが、最も一般的なものとしては過去数十日間の資産価格変動の標準偏差を用いる方法があります。このボラティリティは「ヒストリカル・ボラティリティ」と呼ばれます。
他にも、日経平均のオプション取引価格から算出される「インプライド・ボラティリティ」というものもあります。これは、過去のデータではなく現時点での市場の評価を基にしたもので、概念的には今後1ヶ月間の価格変動性を示しています。
簡単に言うと、オプション価格は市場参加者が1ヶ月間の株価変動をヘッジすることを実需に基づいて取引している価格であるため、予測目的であればインプライド・ボラティリティの方が適しているかもしれません。
カードローンの窓口合同会社 編集部:他に重要な指標としてはどのようなものがあるのでしょうか。
吉羽教授:投資を行う際には、1つの資産に集中するのではなく、分散投資が基本となります。その際、重要になるのが相関です。
相関は、各資産が同じ方向に動くのか、それとも異なる動きをするのかを表します。過去のデータを基に相関を分析すれば、投資ポートフォリオのリスクを減らす手助けにもなるのです。
また、ポートフォリオを組む際には、全体のリスク量を把握しておく必要があります。
ここで役立つのが先ほど紹介した「VaR」や「シャープレシオ」のような指標です。
シャープレシオはリターンをボラティリティで割ったもので、ポートフォリオのリスクに対するリターンの効率性を示す指標です。
投資家はこれらの指標を活用して、リスクを最小限に抑えつつリターンを最大化するポートフォリオを構築することになります。
つまり、どのような組み合わせが最も効果的なのかを見極めることが、リスク評価と実際の投資判断において非常に重要だと言えるでしょう。
カードローンの窓口合同会社 編集部:そのリスク管理において、投資初心者が注意すべき点はありますか?
吉羽教授:リスク管理を考えるということは、リスクに関心を持っているということだと思います。
ただ、投資初心者の方はどうしてもリターンばかりに注目しがちです。しかし、期待リターンの大きい資産は、大抵の場合リスクが大きいものです。1つの資産に投資する場合にはリスクを減らすことはできません。しかし、リスクは複数の資産でポートフォリオを構築することによって減らすことができるものなのです。
例えば、同じリスクで同じ期待リターンを生む2つの資産があるとします。それらの相関係数が負(逆相関)であれば、片方の資産が下がってももう片方の資産が上がる傾向にあるため、結果的に2つの資産を持つポートフォリオのリスクを減らすことができます。
こうした資産の組み合わせ方でリスクを低減することは、非常に重要なポイントです。この考え方があるからこそ、分散投資が基本となる「投資信託」が存在するのだと思います。
カードローンの窓口合同会社 編集部:では、金利上昇やインフレなど、現在の経済状況を踏まえたリスク管理についてはどうお考えですか。
吉羽教授:まず、金利やインフレが自分のポートフォリオにどのように影響するのかを把握することが重要です。
例えば、金利が上昇すると、現在価値が下がるため、資産価値も下落することになります。特に長期投資の場合は、この影響を予測しておく必要があるでしょう。
カードローンの窓口合同会社 編集部:なるほど。影響の予測には、どのようなアプローチ方法があるのでしょうか。
吉羽教授:アプローチとしては、過去のデータを用いた計量分析が有効ですが、それだけでは限界があります。
なぜなら、金融危機のような過去に経験のない事象はモデルでは捉えられないからです。そのため、過去データでは捉えられない事象の予測には自分自身の見通し(を加える必要があります。これはフォワード・ルッキングな分析と呼ばれます。
金融機関でこうしたフォワード・ルッキングな分析を行う際には「シナリオ分析」を用います。これは、今後発生し得るシナリオを想定し、その時のリスクや資本の妥当性を検証するものです。この考え方は、個人投資家にも参考になるのではないでしょうか。
カードローンの窓口合同会社 編集部:不安定な経済環境で初心者が成功するためには、どのような心構えが必要か教えてください。
吉羽教授:やはり投資家自身の保有資産の時価を把握し、余裕がない場合には「損切りができる心構え」が必要だと思います。
特に初心者の方は「感情に左右されてトレードを行いやすい」と行動ファイナンスの分野でも言われています。そうした心理的な傾向に打ち勝つことが重要です。
また、不安定な経済状況は投資のチャンスと考えることもできます。例えば、日経平均が大きく下がった時は買い時だと捉える人もいます。ただし、投資のタイミングを正確に見極めるのは難しい部分もあります。
そういった状況を考慮して、心理的に損切りが難しいようであれば、当初から余剰資金で投資を行い、必要性がなければ「放置する」ことも選択肢に入れてよいのではないでしょうか。
取材・記事執筆:カードローンの窓口合同会社 編集部
取材日:2024年11月28日